京南大学OB会

大好きな「音楽」「映画」「ギター」「自転車」に関する極私的なブログです。 時にものすご?くマニアックっす!

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最近の立ち読み

最近の中から・・・「CDジャーナルムック 漣流」(和田彰二著、音楽出版社)

2005年6月亡くなられたシンコー・ミュージック会長、草野昌一氏の伝記。
カヴァーポップの日本語歌詞の作詞(訳詞)家といえば「漣健児(さざなみけんじ)」
もこの人のペンネームだ。

sazanamiryu

父君の新興音楽出版社を引き継ぎ、楽譜出版だけでなく音楽雑誌「ミュージックライフ」
の大成功、弟の草野浩二氏は東芝音楽工業のディレクターだったためかカヴァー曲の
作詞を多数手がける。
(この頃、東芝はレコード会社として最後発でスター不在のためポップスに力を入れた)
楽曲(原盤)管理の話しや、やっぱりビートルズ来日以前の話しが面白かった。

でも一番知りたいことも書いてありおおいに満足しました。

この本では5ページにわたりミコちゃん(弘田三枝子)の項があり、
私が知りたかったのは、あのパワフルな唱い回しが草野兄弟の
アドバイスによるものなのか?ということでした。
答えはNOでした。
1?2週間前に歌詞を渡されレコーディングまで「あーでもない、こーでもない」
と色々と試すそうです。
彼女は(キャンプ廻りで)英語詩は得意だけど日本語ではどう唱ってイイか
わからなかったそう。
それでも草野兄弟からはほとんど何も言われず見守られていたそうな。
でもレコーディングは(バックの)楽団との一発録音で時間の制約もあり
とても緊張したとのこと。
東芝からコロンビアへ移籍(1964年末)後もお兄ちゃん(昌一氏のこと)との
よき関係は続いていきました。

まあ一気に立ち読みしましたね(本屋さんゴメンなさい

個人的にはQUEENが日本でブレイクするに「ミュージックライフ」が果たした
役割はものすごく大きかったように思います。
(アルバム1、2枚目までは女子に絶大な人気があったし、そのルックスからか
男子は聴いてないフリをしてたなぁ)
雑誌で男子・女子問わず読んでたのは「平凡・明星」と「ミュージックライフ」くらいの
もんだったよね。

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  1. 2009/06/12(金) 23:19:52|
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